アヴェ・マリアは悪魔崇拝の曲

セミラミスとタンムズ、聖母マリアと幼子イエス

皆さんは『アヴェ・マリア』という曲を聴いたことはあるでしょうか。

実は『アヴェ・マリア』という曲は数多くあるのですが、多くの人に聞きなじみがあるのはおそらくこの2曲でしょう。

エレンの歌第3番(アヴェ・マリア)-フランツ・シューベルト 1825年
グノーのアヴェ・マリア-シャルル・グノー 1859年

アヴェ・マリアというのはキリスト教(特にカトリック教会で)で聖母マリアをたたえる祈りの言葉だそうです。しかし聖書にはマリアを拝むようにとは一言も書いてありません。

聖書には神だけが礼拝されるべきであるべきとあります。(ヨハネの黙示録22:8-9参照)

『神は唯一であり、神と人との間の仲介者も、人であるキリスト・イエスただひとりなのです。』(テモテへの手紙2:5から引用)

また、聖書では偶像崇拝をしてはならないと度々出てきます。

『あなたには、わたしをおいてほかに神があってはならない。あなたはいかなる像も造ってはならない。上は天にあり、下は地にあり、また地の下の水の中にある、いかなるものの形も造ってはならない。あなたはそれに向かってひれ伏したり、それらに仕えたりしてはならない。…』(出エジプト記20:3-5から引用)

『わたしは何を言おうとしているのか。偶像に供えられた肉が何を意味を持つということでしょうか。それとも、偶像が何か意味を持つということでしょうか。いや、わたしが言おうとしているのは、偶像に献げる供え物は、神ではなく悪霊に献げている、という点なのです。わたしは、あなたがたに悪霊の仲間になってほしくありません。』(コリントの使途への手紙10:19-20から引用)

見てお分かりのように、偶像を崇拝するという行為自体が明らかに聖書への反逆ですね。偶像を拝んだ先には悪魔がいる、これが真実ではないでしょうか。

聖書の語るところによれば、人類に偶像礼拝を教え、偶像を造らせ、偶像を拝ませ、偶像に仕えさせているのは一体だれなのかと言うと、それは悪魔であると教えています。
出典 : ★偶像崇拝の罪 – 聖書から人生を考えよう

時の悪魔崇拝者たちはキリスト教自体を潰そうと考えた、しかしながら神の力は偉大だったのでそれは出来ず、結局キリスト教を取り込んで真理を捻じ曲げ悪魔を拝ませるという方針へとシフトした。
そのような目的で誕生したのが、カトリック教会であり、その中枢組織であるイエズス会ではマリア崇拝をゴリ押ししている。

1534年の「 Assumption Day 」 (聖母マリアの被昇天の祝日、 8月15日)に合わせて、モンマルトルのノートルダム大聖堂で組織されたイエズス会は、創立者であるイグナチオ•ロヨラの聖母崇拝の思想に影響を受け、カトリックの中で聖母崇拝の教義を確立するのに重要な役割を行った。
出典 : 女神崇拝の象徴マリア十字架

キリスト教というのは本来「救世主イエス」の信仰をいう筈です。ところが、西欧カトリック世界に行ってみますと、イエスよりむしろその母「聖母マリア」に対する強い信仰にぶつかってびっくりしてしまいます。教会にいっても「マリア様の肖像ばっかり」で「イエス様」の肖像をさがすのに苦労してしまうほどです。
出典 : 10.キリスト教の光と影 – 7. マリア崇拝とは

マリア崇拝はエジプトの『イシス信仰』やギリシャ・ローマ世界の『女神信仰』を吸収して行く過程で誕生したという説があります。

「マリア信仰」の一般社会での蔓延については、とりあえず「神学」は後回しにして、キリスト教が広まった当時のローマ帝国の人々と文化の特質を見てみるのが良いような気がします。
それはすなわち「大地母神としての女神信仰の生きていた地であり人々」をみるということです。たとえば当時の文化の中心はエジプトのアレクサンドリアにありました。ユダヤ教も初期のキリスト教もここが神学の一つの中心地となっていたほどです。
ところがこの地はエジプトの伝統的な信仰「イシス信仰」の地でした。
–中略–
「イシス信仰」は「母性信仰」「再生信仰」と言えます。
出典 : 10.キリスト教の光と影 – 7. マリア崇拝とは

これをヒントに色々と調べていくと、エジプトの『イシス信仰』やギリシャ・ローマ世界の『女神信仰』もなんと起源は同じ『バビロン信仰』であるということに気付きました。

このバビロンの信仰は、エジプトに移ってオシリス、イシス、ホルスの神話となったが、1ドルの貨幣に刻まれたピラミッドの上にあるプロビデンスの目が、そのホルスの目である。太陽神の息子、あるいは太陽神の化身であるホルスは、フリーメーソンのシンボルにもよく登場する。彼は、まさに反キリストを予示する人物なのである。

バビロンの信仰は、カナンの地に渡り、バアルとアシェラ信仰に変わり、特にニムロデの妻であったセミラミスは、すべての女神崇拝の起源とされる。 <ギリシャ·ローマ神話>に登場するアテネ( Athena )ミネルバ( Minerva )アプロディーテ( Aphrodite )ビーナス( Venus )の原型として知られている人物がセミラミスである。

このように、バビロンの信仰は、キリスト教が広まっていたローマでも、古くから深い根を下ろしていたが、 AD313年コンスタンティヌス大帝がキリスト教をローマの国教と宣言しながら、自分の政治的な目的のために、教会の中に、バビロンの信仰を惹き付けている。この時から、教会はキリスト教とバビロンの宗教が合わさった不思議な形の宗教に変質されることになる。まさにこのような伝統を、ローマカトリックがこれまで継承しているのだ。
出典 : 淫婦バビロン – ローマバチカン

この引用文を見ただけでもバビロン信仰が相当悪魔的であるということが分かると思いますが、驚くべき繋がりはこのバビロン信仰は 前回の記事でも紹介した神への反逆者ニムロドが始まりだったのです。

バビロンの宗教は、バベルの塔を建設した「ニムロデ」と、彼の母親であり妻である「セミラミス」から始まったのだ。
出典 : 淫婦バビロン – ローマバチカン

バビロンの神話に登場するセミラミスとタンムズ、これがエジプトに渡るとイシスとホルスの神話に変わり、ローマカトリックに渡ってくると聖母マリアと幼子イエスの姿に変わっている。
セミラミスとタンムズ、聖母マリアと幼子イエス
出典 : 淫婦バビロン – ローマバチカン

この画像が全てを物語っていると思います。

秀逸な比喩表現があったのでここに引用させていただきます。

言ってみれば、悪魔崇拝の儀式を伝統的に執り行ってきたカルト教団が、公安に目を付けられてしまい生き残り策はないか、と考える。
そこで、教団名を「幸せ絶好教」という名前に変えたら、即座に宗教法人の認可がとれた。
そして、ご本尊に聖人を持ってきて細工したのです。
ご本尊にひげ、ゲジゲジ眉毛を描いて、悪魔の要素を入れ込んだのです。

この場合は、古代の太陽崇拝のサタニストたちが、キリスト教に侵入する入り口として「クリスマス」というドアを開けた。
そのドアをつくったのが、ローマ・カトリックということですね。

この事実を隠すために、バチカンという総本山の権威付けが必要になったし、ヒエラルキー構造の下に、絢爛豪華な大伽藍を建て、人々の意識の中に、視覚的に太陽崇拝のシンボリズムを植え込むために、クリスチャン芸術の振興を図ってきた、ということでしょうか。

そのバチカンの中枢にイエズス会という闇のイルミナティ・コントロール・センターが設置されて、世界中のカトリックに号令一下、すべて意のままに操っている、という構造。まるで、エホバの証人の「統治体」と同じですね。
セミラミスとタンムズ、聖母マリアと幼子イエス
出典 : ニムロド、セミラミス-偽りの三位一体

グノーのアヴェ・マリアを作曲したシャルル・グノーですが、バチカンの実質的な国歌である『賛歌と教皇の行進曲』も作曲しているそうです…完全にそっち側の人でしょうか。

対してアヴェ・マリアを作曲したフランツ・シューベルトはカトリックの洗礼を受けるが、彼のミサ曲の多くで「教会を信ず」という内容の歌詞の部分が割愛されており、教会の権威に対して反発していたのではないかと言われています…

私は以前、ただ単純に神聖な曲という解釈でアヴェ・マリアを流しながら眠りについたんです。すると翌朝、何とも言えない悪夢にうなされている自分が居ました…悪魔が寄ってきていたのでしょうか。

その一件があり、この記事を書くに至りました。神様が気付きを与えて下さったのかもしれません。

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